福ちゃんは悩みました。大いに悩みました。
「音楽の旅を続けたい!!… 夢にまで見た、華やかな都会で脚光を浴びながら、観客の前で音楽を奏でたい…
しかし、このまま年老いた両親を見捨てる訳にはいかない。」
そんな ある日… 福ちゃんの父が、突然 血を吐きました。とてつもない量の血を…
福ちゃんの母は、ただオロオロするばかりです。
末っ子で長男の福ちゃんは、この時 決心しました。
「よし、いっちょう家業でも継いでみるか」と。
明けて、三月。
何とか卒業証書を手にした福ちゃんは、胸の奥底にしまった大きな夢を、だいじに密かに温めながら、
『社会』への扉をゆっくり開けて、『世の中』という大海原へと船出していったのです。


社会人となり、家業を継いだ福ちゃんでしたが、病身の福ちゃんの父は寝込みがち。 福ちゃんの母と、二人でする仕事は思うようにははかどらず、辛く苦しい日々が続きました。 福ちゃん二十歳の 正月の四日。 あれ以来、寝たきりの福ちゃんの父を献身的に看病していた福ちゃんの母が、 ある日突然倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまったのです。 更に不幸が訪れました。 なんとか、小康状態を保っていた福ちゃんの父が、また血を吐いたのです。 医師が言いました。 「ご家族を呼んだ方が…。たぶん今夜あたりが…」 震える声で福ちゃんは、嫁いだ姉たちに電話をかけました。 久しぶりに揃った姉弟達が見守る中で、福ちゃんの父は眠るように息をひきとりました。 まるで、我が妻の後を追うように…。 季節はずれの小雪がチラチラ舞う、三月終わりの頃でした。
時はオイルショックの真っ直中。 家業に見切りをつけた福ちゃんは、胸の奥底にしまっていた大きな夢を取り出しました。 「よし、いっちょうやってみるか…」 福ちゃん二十歳の秋でした…